Nov 5, 2009

Breakfast in the countryside

地方ではこのバナナとグリーンピースの煮物を朝食でよく見る。場所によってはパスタや小魚が一緒に煮込まれている。これに「ピリピリ」と呼ばれる唐辛子ソースをかけて食べる。「これを食べれば昼食ぬきでも夕方までもつ」と同僚。

Prof. Akino's words

ある日部屋に戻ると、飾ってある秋野先生の言葉が横向けになっていた。
お掃除をしてくれるヘレンにとったら日本語はアートのようなものなんだろうなあと思いながら、秋野先生だったら、「この向きもなかなかいいですね」とコメントしていそうだな、と思った。

先生がタジキスタンで亡くなって11年。
先生の姿勢、思い出すたびにやりたいことが増える気持ちです。

Aug 11, 2009

Sunset in Ruyigi


ブルンジ東部のリュイギ州にある事務所から昨日見えた夕陽。同じ太陽なのに、ブジュンブラから見える夕陽より、こっちのほうが大抵赤い。

The sunset in Ruyigi, the eastern province, usually has deeper red than the one in Bujumbura.

Desde la oficina de Ruyigi, el este del pais.

Aug 9, 2009

Reflection

ブルンジに来て一年半があっという間に過ぎた。来た当初に書き始めてそのまま放っておいた文章があった。なにを結論として言いたいのか分からず、文章を締めくくることができなかった。今でもそれは変わらない。でも数年後だって分からないかもしれない。ブログの4か月ぶりの更新の機会に、結論なしでも思っていることを書こう、と思った。

***

本当に世の中は公平ではないと感じる。
人間らしく生きていくための「最低限」の条件が満たされていない。
衣食住、保健・教育サービス、仕事・・・

「衣」: ルワンダ国境の高地に住む子どもたちは、10度前後まで下がる気温のなか、ぼっろぼろの服とは言えない状態になった布をはおり、寒さで震えながら、冷たい土の上に素足で立っていた。
「食」: ブルンジも、世界的な食料危機から免れてはいない。主食である米や豆の値段は、ここ数か月で3割高になった。近所の八百屋で車を止めるたびに、子どもや赤ん坊を抱いた女性が近寄ってきて、「ジェ ファーム」(お腹が減った)、「シルヴプレ」(お願いします)と静かな声で訴えかけてくる。
「住」: 数日の雨で崩れてしまう土でできた家に住む人々は、それでも寝に帰る家がなくてシスターが運営する施設に来る人より恵まれているのだろうか。

たまたまブルンジという国に生まれてきたというだけで、どうしてここまで劣悪な環境のなかで生き抜いていかなければならないのだろう。

でもそういう環境で生活している人たちにも、日々の喜びや笑いはあって、そういう小さな幸せを大切にできる人たちのほうが、大都会で生活する生気のない子どもや大人よりも、人間らしい生き方をしているのかもしれない。

異なる極端な環境の間を移動していると、もう少し連帯が強まれば、少しずつ何かが良くなっていくような気がする。


A year and half passed by quickly in Burundi. There were these unfinished sentences that I had written a few months after arriving here. I didn’t know how to conclude it and still don’t know. I realized that I wouldn’t know it even in years, either! Now, I don’t need an excuse to finish these sentences unfinished, I thought, if I can update my blog that was kept silent for four months.

***

There is so much inequality and inequity in this world.
In Burundi, most people live without the minimum, basic conditions that allow us to live with human dignity (we may call it BHN- basic human needs). Food, house, clothing, health and education services, job… For instance:

Clothing: The children living in a town bordering Rwanda were shivering in the temperature below 10 degree Celsius, covering their body with torn-out cloth that didn’t have any trace of “clothing” and standing barefoot on the cold and wet soil.

Food: The global food crisis hit Burundi mercilessly. The price of staple food has gone up by 30% in the past few months. When I park the car in front of a grocery store, I am greeted by skinny children and women carrying babies saying “I’m hungry,” “Please”… even before going into the store.

House: Are people living in a mud house that can easily be washed away by 2-3 days of heavy rain better off than those who have no other option than to come to the “house” ran by the Sisters?

Just because they were born in Burundi, do they have to face so many difficulties in sustaining and pursuing their life?

But those who live in apparently harsh environment do also have their share of joy and laughs in their daily routines, and they who know how to embrace minuscule happiness may be having a more humane way of life than those unanimated children and adults in “civilized” cities.

As I walk back and forth between the extreme environments, I remain with optimism that, if we can push forward the solidarity, something is going to get better.

Apr 6, 2009

Buterere  ブテレレ

週末、以前に書いたバトワ族が住むブテレレを訪問した。2度目になる。
このコミュニティーの長によると、新学期の9月、約120人のバトワの子どもが小学校に通っていたが、既に20数名が学校に行かなくなってしまったという。その理由として、まず単純に貧困、そして近くのゴミ捨て場の存在が挙げられた。ブジュンブラ市街から来るゴミのトラックから使えそうなものや食べられそうなものを探すことのほうが、学校に行くことより優先されてしまうのだ。家庭が(そして家庭を持たない子どもも多い)貧困であるほど、文房具や服を最低限揃えることは難しい。援助団体が不定期的に文具等の配布をしたところで、日々食べるものが不十分でお腹が減っている子どもは学校での勉強に集中できないであろう。

授業料のかからない6年間の小学校を卒業することが困難なバトワの子ども達にとって、中学校はさらに遠い存在だ。実際このコミュニティから中学校に進学したのは一人で、その一人もすでに中途退学している。お手本となる人物がいればもう少し子どもや親を動機付けることができるのではないだろうか。
「ウラシャカ クジャ クショーレ?」(学校は好き?)と、母親の病気のため退学せざるを得なかった女の子に聞いた。声を出さずに頷いた彼女はうっすら笑顔だった。父親はいない。今度の新学期(9月)からはできれば学校にいかせてやりたい、と母親は言っていた。



訪問の途中大粒の雨が降ってきた。しばらく車内で待機。雨がやみあがってきたころ、小さな男の子が洋服とは呼べないシャツとおそらく大人サイズのパンツをひきずり、先に行ってしまった姉らしき女の子をべそをかきながら追いかけていった。